札幌高等裁判所 昭和29年(ツ)5号 判決 1955年1月20日
上告人 渡辺甚作
訴訟代理人 河野智達
被上告人 上杉島之助 外一名
訴訟代理人 堀井久雄
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人河野智達の上告理由は末尾添付の書面記載のとおりである。
上告理由に対する判断
被上告人等の主張する請求原因によれば、本訴は民事訴訟法第五百四十六条の執行文付与に対する異議の訴と認められる。而して執行文付与に対する異議の訴においては、異議の原因の有無は判決の基本たる口頭弁論終結の時を標準としてこれを定むべきものと解するから、たとい執行文付与に必要な条件の成就前に執行文を付与し、かかる執行力ある正本に基いて強制執行がなされても、異議の訴の口頭弁論終結の時までに条件が成就すれば、右の執行文の付与及びかかる執行力ある正本に基く強制執行はもはや不適法としてその取消または不許の宣言をなすことができないものと解すべきである。而して上告人は本件強制執行のなされた昭和二十八年六月二十六日当時は兎に角として、その後の同年八月以降は被上告人等において賃料不払であるという事実は原判決の認むるところであるから、その事実によつて本件賃貸借解除の効果を生じていると主張するにより、この点について判断するに、およそ家屋の賃貸借条項中に賃料の支払を二回以上連続して怠つたときは、何等の手続をなさずして賃貸借は解除され賃借人は直ちに家屋を明渡すべき旨の定めがある場合、賃借人が賃料債務につき債務の本旨にしたがつた弁済の提供をしたならば、進んで弁済の供託をしなくても、その提供の時から履行遅滞の責を免れ、家屋明渡の前提たる賃貸借解除の効果を生じないことは明かである(民法第四百九十三条、第四百九十二条)。また通常の場合賃貸人が予め賃料の受領を拒んでおつても、民法第四百九十三条但書所定の通知及び催告は必要であつて、もしこれをしなければ賃借人は賃料債務につき履行遅滞の責を免れるわけにはゆかないのである。しかしながら賃貸借契約の如く継続的に債権債務が発生する契約において賃料につき債務の本旨にしたがつた弁済の提供をしたにも拘らず、賃貸人がその受領を拒絶し、たといその後何度これを提供してもその受領を拒絶することが明白であつて、これを反覆継続させることが全く無意味であると認められるような事情のある場合には信義誠実の原則により賃借人はその後の賃料債務について民法第四百九十三条所定の手続をしなくても、履行遅滞の責を負わぬものと解すべきである。
原審の確定した事実によれば被上告人等は昭和二十八年八月以降引続き賃料の支払をしていないけれども、それは、これよりさき昭和二十八年四月二十八日と同年五月中との二回にわたりそれぞれ同年四、五月分の賃料各金三千円を上告人方に持参して提供したのに、上告人において賃料を金五千円に値上げすると称してその受領を拒絶し、あまつさえ賃貸借終了を主張して同年六月二十六日本件家屋明渡の強制執行をしてきたので、たとい契約所定の月三千円の割合による賃料を提供したところで、上告人がこれを受領しないことが明かであつたからだというのであるから、かかる場合にもなお毎月毎月民法第四百九十三条所定の弁済の提供乃至は同条但書所定の通知催告を要求することは全く無意味だといわざるをえない。そうすれば被上告人等はたとい昭和二十八年八月以降の賃料債務について債務の本旨に従つた弁済の現実の提供をせず若くは言語上の提供をしなかつたとしても履行遅滞の責を負わず、家屋明渡の前提たる賃貸借解除の効果を生じないのともいうべきである。原判決の判示は簡に過ぎ意を尽していないきらいがないではないが、賃貸借解除の効果を生じなかつたと判定したのは結局正当であつて、論旨は理由がない。
よつて民事訴訟法第四百一条、第九十五条、第八十九条にしたがい主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 高木常七 裁判官 臼居直道 裁判官 松永信和)
上告理由
原審確定の事実は上告人が被上告人に賃貸した本件家屋に対し昭和二十六年三月以降賃料を毎月三千円とし月末持参払で支払われ被上告人が之を二回以上連続して支払わないときは何等の手続をなさずして本件賃貸借契約が解除され本件家屋を明渡すという調停が成立したことと被上告人が昭和二十八年八月以降引続き賃料の支払をして居らないということである。従つて後段の事実が認められる以上当然前段の事実に基いて本件家屋の賃貸借契約は解除され被上告人に其の明渡の義務が生じ上告人が昭和二十八年六月二十六日本件家屋に対しなした明渡の強制執行は正当のものとなるのに後段の事実を認定しながら被上告人が約旨の月三千円の割の賃料を提供しても上告人が之を受領しないことは明白であるから被上告人に不払の責任がないと断定したのは民法第四百十二条同第四百十三条等の解釈を誤りたる違法があるものであると信ずる。